12・22 自分あれこれ。自分のことを考えた結果。 【帰国子女エッセー(日)①】
ブルノは寒いです。
とりあえず授業は終わり、残すはテストとペーパーの提出。
留学が残り二ヶ月を切り、遅いが就活など将来のことをいろいろ考える時期に。
そんななか最近久しぶりに現れた自分の課題。
それは自分のアイデンティティ。
そもそもぼくとはどういう人か。
生まれはアメリカのフィンドレー・オハイオという田舎街。
12年間過ごした後エルパソ・テキサスというところへ引っ越す。
そして日本でいう高校一年の夏に日本へ引っ越し、残りの高校生活を過ごす。
大学は秋田の国際教養大学へ。
留学は一度はアメリカへ行ったものの、いろいろあり半年で帰国。
義務の1年間留学を終わらすため、現在チェコのブルノへ半年留学中。
というわけで同世代の中ではかなり飛び回った中で育ってきた。
俗にいう「帰国子女」
高校生のときは理解しきれなかった文化の衝突。
敵を多く作ったと同時に、味方・友達も多くできた。
大学一年生のときにうつになるほど考えた自分のアイデンティティ。
その時に出た結論が、考えても答えは出ない。
考えれば考えるほど傷つき、自分が誰なのかがわからなくなる悪循環。
それでも切りたくても切れないのがアイデンティティでもある。
将来を考えるにも、過去を振り返らなければ前に進めない。
ということで自分のアイデンティティについて考えていきたいと久しぶりに思った。
過去に様々な理由で否定されてきた自分。
逆に否定もしてきた自分もいる。
傷つけられ、傷つけ。
泣いて、泣かせ。
でもたまには共感をしたり、気づいてもらうことも。
最後の共感、気づき、を意識して書いていきたいのがこのエッセー集。
ぼくは日本語と英語を使えるので、両方とも使って考えていきたい。
そして文字にしたい。
理解してもらいたいわけではない。
とりあえずこの人生の課題を文字にしていきた。
答えを出すわけでもない。
答えがあるとも思えない。
でも文字にしようとすることで、見えてくることもあると思う。
だから頑張って僕の中のアイデンティティについて言及して生きた。
顕微鏡のしたにおいて、観察をしたい。
そして観察した結果なにが見えるのかが知りたい。
今までのブログは、他人に読んでもらいたいと思ったことはさほどない。
だけど今回は自分のためでもあると同時に、他の人に読んでほしい内容でもある。
ほかにも同じことを思ってきた人もいるだろうし。
逆に状況は似ていても、自分に当てはまらない人ももちろんいる。
全く共感できず、新しいことばかりの人もいるだろう。
そういう人みんなに、ぼくのアイデンティティについて読んでほしい。
これをすることで、少ない人数でもこういうことを悩んでる人がいると知ってほしい。
理解者が少ない日本で、まずやらないといけないのは会話。
表にこの会話をどんどん出さないといけない。
苦しくなるとは思うけど、やっぱり頑張りたい。